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東京地方裁判所 昭和47年(行ウ)160号 判決 1975年3月03日

原告 堀岡吾朗

被告 松本達雄

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一申立て

一  原告

被告は東京都品川区に対し一〇〇万円を支払え。

訴訟費用は被告の負担とする。

二  被告

主文同旨

第二主張

一  原告の請求原因

(一)  原告は東京都品川区(以下、単に「品川区」という。)の住民であり、被告は昭和四七年一〇月一日以降品川区の区長職務代理者の地位にあつたものである。

(二)  品川区議会は昭和四七年七月三一日「東京都品川区長候補者選定に関する条例」を全会一致で可決した(以下、「本件条例」という。)。

本件条例の内容は、品川区議会が地方自治法(ただし、昭和四九年法律第七一号による改正前のもの。以下、同じ。)二八一条の三第一項、同法施行令(ただし、昭和四九年政令第二〇三号による改正前のもの。以下、同じ。)二〇九条の七にもとづく区長選任手続の過程において、区長候補者を定めて都知事の同意を求めるにあたり、あらかじめ区民投票を行ないその結果を参考にして区長候補者を選定しようとするものである。

ところで、当時の品川区長職務代理者は同法二八三条一項、一七六条一項にもとづき本件条例に関する議決につきこれを再議に付したが、品川区議会が同年八月二日全会一致でこれを再可決したため、同月七日同法二八三条一項、一七六条五項にもとづき東京都知事に対し議決取消しの裁定を求める審査の申立てをしたところ、同知事は同月九日右申立てを棄却した。しかるに、当時の区長職務代理者および同年一〇月一日から区長職務代理者となつた被告はいずれも裁判所に出訴をしなかつた。

(三)  品川区議会は本件条例にもとづき同年一一月一二日区民投票を実施したが、被告は右実施のために少なくとも入場整理券関係費として三、四一五、六九三円の支出を命じ(以下、「本件支出命令」という。)、これにもとづいて支出がなされた。

(四)  本件支出命令は次に述べるとおり違法である。

1 本件条例は違憲、違法なものであるから、これにもとづいてなされた本件支出命令も違法である。

(1) 本件条例は地方自治法二八一条の三第一項に違反する。すなわち、同条項は、「特別区の区長は、特別区の議会の議員の選挙権を有する者で年令満二十五年以上のものの中から、特別区の議会が都知事の同意を得てこれを選任する」と規定している。これは、特別区なるものが市町村とは異なり、東京都の内部的な構成団体として憲法九三条二項にいう地方公共団体にあたらないことを前提とし、昭和二七年にそれまでの区長の直接公選制を廃止して間接選挙制を採用し、区議会がその自主的判断にもとづき区長候補者を選出できるとするとともに、都区間の行政の円滑な運営を確保するために都知事の同意を要するとしたものである。しかるに、本件条例によれば、区議会が区長候補者を選定するにあたつてはあらかじめ区民投票を行なわなければならないとするものであり、区民投票の結果に事実上拘束されることは明らかであるから、区議会の自主的選任権が害されるものというべきである。現に昭和四七年一一月一二日に実施された区民投票に関していえば、右区民投票においては前品川区長の杉本重蔵と前品川区助役の多賀栄太郎が立候補の届出をし、品川区議会議員も二派に分れて(すなわち、自民、民社の各党および無所属の議員は前者の、社会、共産、公明の各党の議員は後者の)推せん者となりそれぞれ応援をしたが、区民投票の結果後者が多数票を獲得するや、品川区議会は同人を全会一致で区長候補者に選定したのであり、区民投票の結果に拘束されたことは明らかである。また、本件条例によれば、区議会が区長候補者を選定するにあたつては必らず区民投票という手続を経なければならないことになり(立候補者がただ一人であり、その推せん議員が全議員または過半数の議員である場合も同様である。)、手続の面においても地方自治法二八一条の三第項により認められた区議会一の自主的選任権を害するものといわなければならない。さらに、同条項は、東京都下のすべての区が区長候補者を選定するにあたり同一の方法をとることを予定しているものと解すべきところ、本件条例によれば品川区においては区議会の選定行為の前に区民投票という手続を踏まなければならないことになり、他の区と異なつた方法をとることになるので、右条項に違反する。

(2) 本件条例は、その七条において、区民投票の資格につき、「区民投票の期日の公示があつた日において、区の選挙人名簿に登録されている者は、投票することができる」と規定している。

しかしながら、区議会において投票資格を制限する権限や公職選挙法にもとづいて行なわれる選挙においてのみ使用されるべき選挙人名簿を区民投票に利用する権限はないので、右条項は権限がないのに規定した違法なものである。また、このように投票資格を制限することは憲法一四条に定める法の下の平等に反する。

(3) 本件条例は、前記のとおり区議会が区長候補者を選定するにあたりあらかじめ区民投票を実施しなければならないとするものであるが、本件条例が区議会の調査権の発動として制定されたものであるとするならば、それは調査権の範囲を逸脱しているものである。すなわち、地方自治法一〇〇条は、調査権行使の方法として関係人の出頭および証言の請求ならびに記録提出の請求を定めているが、区民投票は右のいずれにもあたらず、調査権に含まれないというほかない。また、本件条例によれば、区民投票は区議会がこれを実施することになつているが、区民投票は執行事務と解すべきであり、議決機関たる区議会の権限に属さない事務であるから、これを区議会に実施させる旨規定する本件条例は違法である。さらに、本件条例にもとづく区民投票は公職選挙法にもとづいて行なわれるものではないため、立候補者およびその応援者の運動が無制約に行なわれ、戸別訪問、個人推せん文書の配布、無制限な運動費用の支出等公職選挙法の規定する選挙運動の基準を根本的に破る方法で行なわれるおそれがあり、公序良俗に反するものというべきである。現に昭和四七年一一月一二日に行なわれた区民投票の際の立候補者等の運動は右のような方法で行なわれたものである。

(4) 地方自治法二八一条の三第一項は、区長候補者の資格として特別区議会議員の選挙権を有する者で年令満二五年以上のものを掲げているが、本件条例によれば、さらにそのほかに区民投票を受けなければならず、しかもこれを受けるべく立候補するにあたつては品川区議会議員二人の推せん書を添付しなければならない。これと右条項の定める区長候補者の資格要件をさらに制限するもので、違法である。

2 本件条例にもとづいて施行された区民投票における投票日の公示は品川区公告式条例に違反している。すなわち、品川区公告式条例によれば、公示の責任者名下には必らず公簿に登録された印鑑を押印しなければならないことになつているところ、昭和四七年一〇月二三日に行なわれた区民投票の投票日の公示(東京都品川区議会区長候補者選定投票管理委員会公示第一号)における公示者名下の印鑑は公簿に登録されたものではないので、違法である。このように違法な公示にかかる区民投票のためになされた本件支出命令もまた違法である。

3 前記のとおり、被告およびその前任の区長職務代理者はいずれも本件条例の議決につき裁判所に出訴するという方法をとらなかつたものであり、これはその当然なすべき職務を放棄したものというべく、違法である。したがつて、本件支出命令も違法である。

(五)  本件支出命令により品川区は少なくとも三、四一五、六九三円の損害を被つたものであるが、これは被告が故意または重大な過失により違法にも本件支出命令をしたためである。

(六)  よつて、被告は地方自治法二八三条一項、二四三条の二第一項にもとづき品川区に対し右三、四一五、六九三円を賠償する義務がある。

(七)  原告は昭和四七年九月八日地方自治法二八三条一項、二四二条一項にもとづき品川区監査委員会に対し監査請求をしたが、同委員会は同年一〇月三日付で右請求は理由がない旨の監査結果を原告に通知した。

(八)  そこで、原告は被告に対し右(六)の三、四一五、六九三円のうち一〇〇万円を品川区に支払うことを求める。

二  請求原因に対する被告の答弁および主張

(一)  請求原因(一)ないし(三)の事実は認める。同(四)ないし(六)の主張および事実は争う。もつとも、同(四)1(1)のうち、地方自治法二八一条の三第一項が原告主張のとおり規定していること、特別区の区長につき原告主張のとおり昭和二七年に直接公選制を廃止して間接選挙を採用したこと、昭和四七年一一月一二日に実施された区民投票において前品川区長の杉本重蔵と前品川区助役の多賀栄太郎が立候補の届出をし、区民投票の結果後者が多数票を獲得し、品川区議会において区長候補者に選定されたこと、同(四)1(2)のうち、本件条例七条が原告主張のとおり規定していること、同(四)I(3)のうち、本件条例にもとづく区民投票が公職選挙法にもとづいて行なわれるものではないことは認める。同(七)の事実は認める。

(二)  地方自治の本旨

地方自治の本旨は、何よりもまず住民自治の原理を指し、住民が自らの社会生活を自ら民主的に律するところにその本質がある。憲法や地方自治法は、住民の自治権をできるだけ尊重し、住民生活の福祉を向上させるため、団体自治および住民が直接地方行政に参加することを拡大しようとしているものであり、民主主義がこれらの地方住民の自治権を一つの基本として達成されるものであることを予定し、かつ、基本原理としているものである。

(三)  本件条例制定の経緯

特別区における区長も地方自治法施行当時は公選とされていた。しかるに、昭和二七年に至り、人口急増による都市構造の変化等大都市行政上の特異性に応えるため、二三区全体にわたり統一と均衡と計画性のある行政を実現するためという理由で、直接公選制を廃止し、区議会が都知事の同意をえて区長を選任するという制度に改められたのである。しかし、首長の住民選挙における地方公共団体の意義を憲法および地方自治法上統一して解釈するのに困難で、反対説が次第に多くなり、各特別区の住民間に区長公選制の実施と自治権の拡充を求める区民運動が起り、住民自治の意識は年とともに高まり、区長を区議会が選任するにあたり、直接公選制にできるだけ近づける方法として、候補者の公募方式あるいは公開の席上における候補者の政見発表の実施といろいろの方式が採用されてきた。

しかしながら、区議会における政党間のあるいは派閥争い等の原因もあつて、かえつて区行政の混乱と区長空席の区が続出する有様となり、こうした事態を避けるため、また、区民の自治意識が拡がつたため、公選制を実施しようという機運が一層高まり、昭和四二年に練馬区において区長候補者選定に関する条体制定の直接請求運動が起つたが、品川区民の間にも同様の運動が起り、昭和四七年七月二日条例制定の請求書が提出された。ところで、これよりさき同年三月七日に品川区議会では区長選出特別委員会の設置を議決し、同委員会において学者や評論家を講師として講演会を開いたり、江戸川区長候補者決定に関する条例に関する問題点を検討したり、本件条例案の作成作業を行なつたりしていたが、右請求書が提出されたので、同年七月七日本件条例案を区議会に提出し、その後公聴会等も開催された後、本件条例が制定されたのである。なお、当初の条例案においては、区長候補者を定めるにあたつては区民投票の結果を尊重して行なう旨規定されていたのであるが、区議会において、区民投票の結果を参考として行なう旨修正された。

ところで、当時の区長職務代理者多賀栄太郎は同月三一日本件条例を再議に付したが、同年八月二日区議会は全会一致で再可決した。そこで、右区長職務代理者は地方自治法二八三条一項、一七六条五項にもとづき都知事に審査申立てをしたが、都知事は同月九日右申立てを棄却した。右区長職務代理者はすでに右のとおり準司法的裁定があり、本件条例が違法でないとの結果をふまえ、また、行政の停滞は避けるべきものであり、執行機関として区議会の議決はこれを迅速かつ誠実に執行する義務もあるので、本件条例を同月二九日に、一部改正条例(付則二条の区民投票を行なう日に関する四〇日以内を八〇日以内と改めるもの)を同年九月一六日にそれぞれ公布し、区民投票実施に要する経費を一般会計補正予算として同月九日提出し、右予算案は同日可決された。

右区長職務代理者は同月三〇日任期満了により退職し、同年一〇月一日被告が区長職務代理者となつたものである。

(四)  本件条例にもとづく区民投票の実施と区長候補者の選任

本件条例にもとづく区民投票にあたつては杉本重蔵(前品川区長)と多賀栄太郎(前品川区助役)の両名が立候補したが、右両名と区議会区長候補者選定投票管理委員会委員長との間に区民投票における立候補者の運動を公正に行なうことを誓約し、実際にも一般より公正、明朗で質素な運動が行なわれた。区民投票の結果は多賀栄太郎が五七、五八一票、杉本重蔵が四五、九七七票であり、右両名とも区長には最適任の経歴、手腕、熱意を有するもので、区議会の信任も厚かつた。そして、同年一一月二四日区長選出特別委員会において右両名の区長候補者につき審査し、同月二五日区議会で多賀栄太郎を区長候補者と定め、同月二七日都知事の同意をえたうえ、同年一二月一日区議会で多賀栄太郎を区長に選任したのである。

(五)  本件条例の適法性

本件条例は、品川区議会が地方自治法二八一条の三第一項、同法施行令二〇九条の七にもとづく区長選任手続の過程において区長候補者を定めるにあたり、区民投票を実施し、その結果を参考にしてこれを定める旨規定するものである。それは、区議会が区長候補者の選定というその専権を行使するにあたり、広く区民の意向を調査し、これを参考にしようとするものであつて、何ら区議会の専権ないし自主性を拘束し、これを害するものではないのである。そもそも、地方自治法二八一条の三、同法施行令二〇九条の七には、区議会が区長候補者を定めるにあたり、そのとるべき方法を規定していないので、区議会が、その良識と住民自治の理念により定めれば足るところ、本件条例により品川区議会が区民投票の結果に示された区民の意向を参考にして区長候補者を定めることは少しも右法令に違反しないばかりか、まさに地方自治の本旨に合致し、右法令のもとに住民自治参加の方策を可能な範囲で具現したものというべきで、何ら非難するにあたらない。

なお、各特別区における区民の権利義務において若干の相違が生じても、そのこと自体何ら法令に違反するものではない。もともと地方自治は団体自治の範囲として種々特異性があり、地方地方における行政のあり方の違いというものは当然予定されているところである。

(六)  被告の無過失

条例が法令の規定に文理上明白に違反するといえる場合にはその条例は無効であるといえようが、明白に違反するといえるかどうか明白性の程度にはかなり幅があろうし、また、文理上違反が明白でない場合には条例の効力をいかに解するのかなどさまざまな問題が生じ、結局、条例の効力に関する最終的判断は司法に委ねるほかない。前記のとおり、本件条例は区民の直接請求により区議会が議決したものであり。執行機関としてはまずこれを誠実に執行する義務を負うものであり、司法判断により無効とされないかぎり、一方的にその執行を拒否することは許されないのである。被告が区長職務代理者となつたのは前記のとおり本件条例の公布を終り、区民投票実施に要する経費に関する予算議決もすべて終了した後の昭和四七年一〇月一日であり、被告が本件支出命令をしたのは執行機関としての義務の執行をしたまでであつて、故意または重大な過失はもとより過失もないのである。

第三立証<省略>

理由

一  請求原因(一)ないし(三)および(七)の事実はいずれも当事者間に争いがない。

二  そこで、本件支出命令の適否について判断する。

1  原本の存在および成立に争いがない甲第一、六号証、成立に争いがない同第三ないし第五号証、乙第一号証の一ないし三、同第二号証、同第八ないし第一七号証、同第一八号証の一ないし四、同第二〇号証の一、二に証人永井辰男の証言および弁論の全趣旨を総合すれば、本件条例制定の経緯および本件条例にもとづく区民投票の実施と区長候補者の選任が被告主張(二の(三)、(四))のとおりであつたこと、本件条例の内容が別紙記載のとおりであつたことが認められ(なお、特別区の区長につき昭和二七年に直接公選制が廃止されて、間接選挙制が採用されたこと、昭和四七年一一月一二日に実施された区民投票において前品川区長の杉本重蔵と前品川区助役の多賀栄太郎が立候補し、区民投票の結果後者が多数票を獲得し、品川区議会において区長候補者に選定されたことは当事者間に争いがない。)、この認定に反する証拠はない。

2  地方自治法二八一条の三第一項は「特別区の区長は、特別区の議会の議員の選挙権を有する者で、年令満二十五年以上のものの中から、特別区の議会が都知事の同意を得てこれを選任する」と規定し、同法施行令二〇九条の七第一項は「地方自治法第二百八十一条の三第一項の規定により特別区の議会が当該特別区の区長を選任しようとするときは、特別区の議会は、予め特別区の区長の候補者を定め、文書を以て都知事の同意を得なければならない」と規定し、同条第二項は「前項の場合においては、当該候補者が地方自治法第二百八十一条の三第一項の規定により選任される資格を有することを証明する書面、当該候補者の経歴を記載した書面及び当該候補者を定めた特別区の議会の会議録の写を添えなければならない」と規定している。すなわち、特別区の区長の選任権は、都知事の同意を要件としながらも、区議会に属するものとされているのである。しかしながら、区議会が区長選任権を行使するにあたり、具体的には区長候補者を選定するにあたり、そのとるべき方法については規定しておらず、右各規定も区議会が広く区民の意向を調査しその結果を参考にして区長候補者を選定することを禁止する趣旨のものと解すべきではない。そして、区議会が区民の意向を調査するためにとる手段・方法は広くその裁量に委ねられており、区議会がその良識と住民自治の理念にもとづき自主的に定めることができるものと解すべきである。

本件条例は、品川区議会が区長候補者を選定するにあたり、区民の意向を知るため区民投票を実施し、その結果を参考にしてこれを選定しようとするものであり、右区民投票は区議会に設置された「区長候補者選定に関する特別委員会」の中の投票管理委員会(委員七名)がこれに関する事務を管理しようとするものである。したがつて、区民投票の結果が区議会の区長候補者選定権の行使を法的に拘束するものとはいえず、右区民投票の制度は、品川区議会が区長候補者を選定するにあたり区民の意向を調査するためにその委ねられた裁量の範囲内で自主的に選択決定した一つの方法であつて、何ら地方自治法二八一条の三第一項に違反するものではないと解すべきである。そして、むしろ右区民投票の制度は、区議会が区長候補者に関する区民の意向を調査する手段・方法の中ではもつとも広く区民の自由意思を反映させる民主的な手続であり、まさに地方自治の本旨に合致し、右条項のもとに住民自治参加の方策を可能な範囲で具現したもの、いわば叡知の所産とも評すべきものであつて、何ら非難するにあたらない。

3  原告は、本件条例にもとづく区民投票の制度は区長候補者選定に関する区議会の自主的権限を内容的にも手続的にも害するので、本件条例は地方自治法二八一条の三第一項に違反する旨主張するが、本件条例が右条項に違反するものでないことは前項に述べたとおりである。また、原告は、品川区議会が区長候補者を選定するにあたつては区民投票手続を踏まなければならないこととなり、他の区と異なつた方法をとることになるので、右条項に違反する旨主張するが、区議会が区長候補者を選定するにあたり区民の意向を調査しその結果を参考にすることは禁止されておらず、右調査の手段・方法は広くその裁量に委ねられていると解すべきこと前項で述べたとおりであるから、それぞれの区において異なつた調査の手段・方法をとつたとしても何ら差し支えなく、原告の主張は採用できない。

次に、原告は、本件条例にもとづき品川区議会が区民投票を実施することは地方自治法一〇〇条で認められている調査権の範囲をこえ、また、議決機関たる区議会が執行事務と解すべき区民投票を実施する点において違法であり、さらに、区民投票における投票資格について規定することはそのような権限なしに規定するものであつて違法であり、憲法一四条にも違反する旨主張する。しかしながら、前項で述べたとおり、区議会が区長候補者を選定するにあたり、区民の意向を調査しその結果を参考にすることは禁止されておらず、その調査の手段・方法は広くその裁量に委ねられていると解すべきであるから(なお、区議会が法令により与えられた権限を行使するため必要に応じて行なう調査の手段・方法は、地方自治法二八三条一項、一〇〇条一項に定める選挙人その他の関係人の出頭および証言ならびに記録の提出の請求に限定されるものではなく、強制力の伴わない任意的調査をも行なうことができるものと解すべきである。)、区議会が区民投票を実施すること、その際の投票資格を規定することは何ら違憲、違法ではなく、原告の主張は採用できない。また、原告は、本件条例にもとづく区民投票は公職選挙法にもとづいて行なわれるものでないため、同法の規定する選挙運動の基準を根本的に破る方法で行なわれるおそれがあり、公序良俗に反する旨主張する。右区民投票が同法にもとづいて行なわれるものでないことは原告主張のとおりであり、区議会が区長候補者を選定するにあたり区民の意向を調査するために行なうものと解すべきであるが、そうであるからといつて右区民投票が制度として公序良俗に反するものと解すべきではない。右区民投票が理想的な形で行なわれるかそれとも非難に値する形で行なわれるかは、もつぱらこれを実施する区議会とこれに参加する区長候補者になろうとする者や一般区民の良識・態度いかんにかかつているというべきである。本件条例にもとづき昭和四七年一一月一二日に行なわれた区民投票においては、前記認定のとおり、一般よりも公正、明朗で質素なものであつたのであり、原告の主張は失当である。

次に、原告は、本件条例は地方自治法二八一条の三第一項の定める区長候補者の資格(すなわち、特別区議会議員の選挙権を有する者で年令満二五年以上のもの)をさらに制限するものであつて違法である旨主張するが、右条項の定める区長候補者の資格を有する者のうち誰を区長候補者に選定するかはもつぱら区議会の自主的な権限に委ねられているのであり、右資格を有する者は区議会に対し自己を区長候補者に選定するよう求める権利ないし法律上の利益を有するものではないから、区議会が区長候補者を選定するため右条項に定められている資格をさらに制限したとしても何ら違法とはいえない。

4  原告は、本件条例にもとづいて施行された区民投票における投票日の公示は公示者名下の印鑑が公簿に登録されたものではない点で品川区公告式条例に違反し違法であり、本件支出命令も違法となる旨主張する。しかしながら、仮に原告主張のように右区民投票における投票日の公示が違法であつたとしても、もともと右区民投票は品川区議会が区長候補者を選定するにあたり区民の意向を調査しその結果を参考にするために行なうものであるから、原告主張のような違法事由が右区民投票全体を違法とし、ひいては本件支出命令をも違法とすると解するのは相当でない。

5  さらに、原告は、被告および前任の区長職務代理者が本件条例の議決につき裁判所に出訴しなかつたことは違法であり、したがつて、本件支出命令も違法である旨主張する。原告の主張の意味は必らずしも明らかでないが、地方自治法二八三条一項、一七六条七項にもとづき区議会の議決に関し裁判所に出訴するかどうかは区長の裁量に委ねられているものと解するのが相当であるのみならず、右出訴しなかつたことと本件支出命令との間には相当因果関係がないと解すべきである。けだし、本件支出命令の適否は本件条例の議決につき出訴したかどうかによつて左右されるものではなく、本件条例の適否そのものによつてこれを判断すべきだからである。

6  以上のとおりであるから、本件支出命令には原告主張のような違法事由はなく、本件条例にもとづき実施された区民投票の経費にあてるためになされたものであつて、適法と解すべきである。

三  してみれば、その余の点を判断するまでもなく原告の本訴請求は理由がないのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 高津環 上田豊三 慶田康男)

別紙

東京都品川区条例第三十九号

東京都品川区長候補者選定に関する条例

(目的)

第一条 この条例は、地方自治法(昭和二十二年法律第六十七号)第二百八十一条の三第一項の規定に基づき、区議会が区長を選任するに当り、区民の自由な意思が反映されるよう、民主的な手続を定め、もつて地方自治の健全な発達を期することを目的とする。

(区長候補者の選定)

第二条 前条の目的を達成するため、区議会は、地方自治法施行令(昭和二十二年政令第十六号)第二百九条の七第一項の規定する区長の候補者(以下「区長候補者」という。)を定めるにあたつては、区民の意向を知るため区民の投票(以下「区民投票」という。)を実施し、その結果を参考にして選定する。

(特別委員会の設置)

第三条 区議会は、区長候補者を定めるにあたり、地方自治法第百十条の規定に基づき区長候補者選定に関する特別委員会(以下「委員会」という。)を設置する。

2 委員会の委員は二十三名とし、委員長一名、理事六名を置く。

3 委員会は、区民投票に関する事務を管理するため、投票管理委員会(以下「管理委員会」という。)を設置する。

4 管理委員会は七名とし、委員長一名、委員六名を置く。

(区民投票)

第四条 区民投票は特別区の議員の選挙権を有する年令満二十五年以上の者で、区長候補者になろうとする旨を委員会に届け出た者(以下「立候補者」という。)について行なうものとする。

(区民投票の期日)

第五条 区長の任期満了による区民投票は、その任期が終わる日の前三十日以内に行なう。

2 区長が欠けるに至つたとき又は区長から区議会の議長に対して退職の申出があつたときは、その日から四十日以内に区民投票を行なう。

3 管理委員会は、前二項に定める区民投票の期日を、少なくとも二十日前に公示しなければならない。

(立候補の届出)

第六条 区長候補者になろうとする者は、区民投票の期日の公示があつた日から四日以内に郵便によることなく、文書でその旨を委員会に届け出なければならない。

(投票資格)

第七条 区民投票の期日の公示があつた日において、区の選挙人名簿に登録されている者は、投票することができる。

(運用の公正と運動の公営)

第八条 区民投票に関する事務及び立候補者が区長候補者になろうとするために行なわれる運動は、公正に行なわれなければならない。

2 前項に定める立候補者の運動は、管理委員会と立候補者が定める協定によらなければならない。

3 管理委員会は、区民投票の公正を確保するため、次の事項を行なう。

一 立候補者の経歴、主張及び政策を記載した公報の発行及び配布

二 立候補者の宣伝のためのポスター掲示場の設置

三 立候補者の立会演説会の開催

4 前条の規定により投票をすることができる者は、区民投票の公正の確保に関し、委員会に意見を申し出ることができる。

(結果の公表)

第九条 委員会は区民投票の結果を、区民に対してすみやかに公表しなければならない。

(委任)

第十条 この条例に規定するものを除くほか、この条例の施行に関し必要な事項は、委員会が定める。

付則

1 この条例は公布の日から施行する。

2 この条例施行の際、現に区長であるものの残任期間が四十日にみたないとき、現に区長であるものが区議会の議長に退職を申し出ているとき又は区長が欠けているときは、第五条の規定にかかわらず、区民投票はこの条例施行の日から四十日以内に行なうものとする。

3 この条例は、法律の制定により特別区長公選制が実施されたときは、その施行日に効力を失う。

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